相手の好みを知ることが誕生日プレゼントを渡すのに成功する秘訣

自分が買ったものが人からもらった物以上の満足をもたらすというだけ
で、贈り物が価値を破壊するということにはなりません。
例えば、誕生日プレゼントにはキャンドルのような(大半の人が
本当は欲しいと思っていない)もの、自分で買うのはバットマンの
DVDのような本当に欲しいものと、選ぶときの傾向が違うかもしれませ
ん。
このように贈り主の選択肢が慣習によって制約を受け、人々の好まない
ものを贈りがちになる可能性も考えれば、同じような品物で価値を
比較すべきです。
誕生日プレゼントがCDアルバムとセーターだけなら、贈り物の満足度
を公平に評価するには、自分のために買ったアルバムとセーターに
対する満足と、プレゼントとしてもらったアルバムとセーターに
対する満足を比較すればいいのです。
受け取る人の性格によっても、プレゼントと自分で買ったものの
満足度は違ってくると思われます。
何かと不満の多い人の方が、そうでない人よりたまたま多くの
誕生日プレゼントを受け取っていたという可能性もあります。
その場合は、贈り物の平均的な評価は低くなるかもしれません。
自分の好みはプレゼントする側よりも本人の方がよくわかっています
ので、普通は、自分のためにものを選ぶ時の方が、他人のために選ぶ
ときよりもよりよい選択をすると考えます。
相手の好みを知らないことが、贈り物をうまく選べない理由なら、
贈り主が相手の好みを知っていれば解決することですよね。

誕生日プレゼントの満足度を調査するやり方

自分で買ったものと比べた時の誕生日プレゼントの満足度を、どのようにして数値にできるでしょうか。
つまり、本当に飲みたいオレンジジュースを飲んだら得られたであろう
満足に対して、グレープジュースを飲んでどのくらい満足したかを
客観的に比べるにはどうすればいいのでしょうか。
調査は次のように実施しました。
①誕生日でプレゼントをくれた人は誰か
②誕生日プレゼントの贈り主と自分との関係
③もらった誕生日プレゼントの予想価格
④もらった誕生にプレゼントの自分にとっての価値
自分のために買う時は、自分が負担するコストと同じかそれ以上の
価値があると思うものだけを買うという楽観的な前提に基づくと、
自分のために買うものへの支払い意欲額は、少なくとも実際の
支払い額と同じになります。
支払い意欲に基づく評価は低くなりがちなことを考慮すると、
贈り物の感情的な価値は抜きにして、「贈り物の価値を現金に置き換え
るといくらになるか」を調べました。
自分のために買う場合の贈り物の価値を100としたら、最終的な消費者
の代わりに贈り主が選んだ品物は、現金に置き換えた価値は87になり
ます。
つまり、贈り物は所有権が移行したとたん、その価値を13%失います。
贈り物による価値の損失を正確に算出するためには、贈り物として
もらった品物から得られる満足と、自分のために買った品物がもたらす
満足について、支払った1ドルあたりの満足度と歩留りを比較すれば
よさそうです。

12月のクリスマスプレゼントは通年需要の誕生日プレゼントとは桁違いです

理論的にも、そして自分の経験を振り返ってみても「貰って嬉しい
誕生日プレゼント」が滅多にないことが理解できるかと思います。
それでも私たちは誕生日プレゼントを買い続けるのです。しかも、
大量に。
クリスマスなど贈り物シーズンの支出を測る基準はいくつもあります。
クリスマスシーズンの小売業販売額にはディスカウント店、デパート、
食料雑貨店、専門店など基本分野の販売額が含まれ、自動車、ガソリン
スタンド、レストランなどは除外されます。
ガソリンをクリスマスプレゼントに贈る人はいないので、ガソリンの
支出は除外しています。
食料雑貨店での支出がすべて含まれている点には疑問を感じてしまい
ます。
たしかに食料雑貨店はクリスマスセールで売上高が増加しますが、
11月と12月に買う食料雑貨の大半は贈り物のためだけでなく日常に
消費する分です。
誕生日プレゼントも同様にこの季節に特有のものではありませんね。
食料品や電球、トイレットペーパー、下着などは一定の季節に
集中して買うものではありません。
誕生日プレゼントと違って彼女が好むクリスマスプレゼントの贈り物の支出は、大半の
先進国の消費における最大の季節要因になっています。
アメリカの12月は贈り物月間です。
贈り物の定番商品を売る店は、12月の売上が突出しており、宝飾店
百貨店、電器店、衣料品店はすごく繁盛しています。
贈り物の真実を知るには、徹底的に調査して人気のあるプレゼントを
他人にあげることが基本です。

合理的経済人が行動する誕生日プレゼントのモデル的思考

鋭い人は気が付いているでしょうが、この現金を超越すつ贈り物は、人
がいつも最適な行動をとるとはかぎらないという前提で成り立っていま
す。
つまり、経済学でいうところの合理的経済人のモデルからは逸脱して
います。
「検索」系の誕生日プレゼントが実現するのは、情報にはコストがかか
るからです。
受け取る人が自分は何が欲しいかわかっていて、すべての贈り物に対する
自分の満足度をあらかじめ知っていれば、他人の選択が自分の選択
を上回ることはありえないです。
しかし、世の中には毎年数えきれないほどの新商品が生まれます。
音楽業界だけでも年間3万曲を送り出しているのです。
情報を完璧に集めることができない以上、他人が自分の欲しいものに
ついて自分より熟知していることはありえます。
「承認」系の誕生日プレゼントでも、教科書的な経済モデルは当てはま
りません。
妻に欲しい物を「買っていいわよ」と言われてうれしがっている夫は
妻のいいなりになっているだけです。
バーベキューグリルが必要だと思ったら、買えばいいだけの話であり
ます。
妻と相談して、家族にとっていい買い物なのだとわかってもらうのは
大事ですが、価格を上回る価値をもたらし、しかも家計を圧迫しない
程度のものなら、さっさと買えばいいです。
とはいえ、自分で考えて行動しない人はいるものです。
そういう人は「承認」の贈り物で幸せになれるでしょう。
そろそろ失望を感じている読者も多いかもしれませんが、あきらめる
ことはありません。
価値を創造する誕生日プレゼントをすることは難しくても不可能では
ないのです。

コストのかかる誕生日プレゼントの承認

探すという行為にはコストがかかります。
したがって、受け取る人が本当に欲しいものを探して贈ればムダな
贈り物がなくなるという単純なことはあり得ません。
自分が欲しいものを探すより、他人が欲しいものを探す方が普通は
たいへんだからです。
誰かが私のために「われら戦闘部隊」119巻の捜索隊を派遣したとして
も、たいていは私と同じようにみつけられないだろう。
しかし、相手が欲しいものを知っていたら、大喜びするはずのものを
たまたま見つけることはあります。
特に、贈る人が相手の好みに詳しいときは、相手が自腹で買った時
以上の満足を生むことができる。
しかし、この結果的に「オンデマンド」になる誕生日プレゼントは
なかなか実現しないからこそ、親戚と知人総動員でもプレゼント選び
は難しいのです。
現金を超える誕生日プレゼントの二つ目は、特に家族の場合は、
「承認」という言葉で表現されます。
夫が自分へのご褒美に、ハイビジョンテレビやブルーレイのDVDプレーヤー
を買いたいと思っていることを妻は知っています。
しかし、妻が怖いので夫はすぐに買ったりはしません。
がまんすることが習性になっているのです。
この場合、夫が本当に欲しいのは「妻の承認」です。
財布のひもを握っている妻が夫の欲しいものを「買ってあげる」こと
で、夫に対して欲しいものを手に入れる「承認」を与えたことに
なります。
その見返りとして、妻は新しい浴槽を買う「承認」を得るのです。

検索の誕生日プレゼントと承認の誕生日プレゼント

自分で選ぶより価値のある贈り物もあることはあります。
経済学者も認めるこのタイプのプレゼントには2種類あります。
一つは、「検索の誕生日プレゼント」でもう一つは「承認の誕生日プレゼント」です。
私は、「われら戦闘部隊」119巻の最初のページの原画を持っています。
1969年に刊行されたマイナーな漫画です。
14歳の時に漫画の見本市で大量の漫画本と交換して手に入れました。
それから何年も、原画と並べて119巻の本を飾りたくて古本屋を探し
歩きました。でもなかなか見つからなかった。
あなたは私が119巻を探していることを知っていて、自分のために
スパイダーマンの本を探しているときに、たまたまそれを見つけた
としよう。
それは私にとって最高にすばらしい誕生日プレゼントになります。
値段は数千円かそこらだろうが、私は1万円でも喜んで払っただろう。
あなたがその本を500円で買って私にくれたら、あなたの支出は
9500円の余剰価値を生みます。
私が普通に自分で500ドルを払って何かを買った場合よりもはるかに
大きな余剰価値です。
自分が何を欲しいかわかっていても、なかなかみつからない時もある。
見つからないものを探す過程が「検索」です。
経済学者はよく、タダのランチはない、つまりタダより高いものは
ないといいたがります。
やはりタダで手に入るものはありませんね。
あなたに贈り物をしようとしている人は、あなたの欲しいものを
すべて知っているわけではありません。

誕生日プレゼントの選択は心理的要素もある

音楽がいつでもインターネットで視聴できるようになる前は、ラジオ
で耳にした1曲か2曲がよければ残りもそこそこのレベルだろうと
予想してアルバムを買いました。
当然ながら、失望するアルバムも多かったです。
ラジオで聴いた以外の曲はたいてい駄作です。
少々、専門的な説明をすれば、音楽とは経験する価値であり、使った
後に初めて評価できるプレゼントです。
本、薬、ワイン、食品、レストラン、医療なども同じです。
好みは人によって違いますから、誰かが気に入ったという事実は、
参考にはなっても保証にはなりません。
経験してみなければ自分が気に入るかどうかわからない商品を買う
のは、ある種の賭けにも似ています。
いいと思う時もあれば、そうでない時もあります。
ここに、誕生日プレゼントを贈る人が贈られる人よりいい選択をする
チャンスが生まれます。
喜ばれる贈りものをするためには、相手の好みと贈るものに関する
知識が必要です。
心理学者や行動経済学者が見出したように、人間は意思決定のプロセス
でしばしば間違いをおかすものだとはいえ、一般的に自分の好みは
自分でよくわかっています。
前に買ったことがあるものに関してはなおさらです。
ただし、買ったことのないものについてはこの限りではありません。
贈る人が自分のよく知っているものをあげたり、買うときによく
調べたりする場合もあります。
さらに、相手が自分でも気づいていない、潜在的なニーズにこたえる
ものを選ぶ可能性もあります。

経済的意思決定における誕生日プレゼントの選び方

自分のために誕生日プレゼントを買うときは、いい選択をするという
考えは、経済上の意思決定は合理的に行えわれるという前提に基づいているが、
その合理性は近年、大いに疑問視されています。
まず、経済学者がどんな仮定をしようと、人間の意思決定は完璧では
ありません。
悪い選択もするし、贈る人の選択の方が贈られる人の選択よりいい
こともありうるのです。
また、意思決定には問題がなくても、選択に際して情報の量は限られて
います。
贈る人が、たまたま相手が気に入るとわかっているものを見つける
時もあります。
そして、いくら自分のものは自分で買うのがベストだとしても、いつも
自由に買えるわけではありません。
これは、いわゆる行動経済学の考え方です。
行動経済学は、人が実際にどのように意思決定をするかについて
、心理学の分析を含めて考える経済学のアプローチです。
人間が記憶できる情報の量は限られており、自分が本当に好きなもの
がわからず、自分がどうしたいのかも本当はわかっていない。
また、ついつい自分が本当に欲しいと思っている数より多くを求める
という過ちをおかしています。
こうした心理的要因から、人間の意思決定はいつもうまくいくとは
限らないと行動経済学では考えます。
何かを自分のために買う場合でも、選択にてこずるときもあります。
これは誕生日プレゼントを選ぶときにはかなり顕著に現れます。
果たして、相手が気に入ってきれるか経済的思考も取り入れていく
必要があります。

現金が最高の誕生日プレゼントになりうる

どんなに心がこもっている贈りものでも、たいていの場合は現金には
かないません。
そう思う人も少なくないでしょう。
経済理論の教科書によると、贈る人にできる最善のことは、感情的な
価値を創出すること以上に、受け取る人が自分で現金を払って行った
であろう選択と、それによって得られる満足を再現することです。
この考え方を前提にして、効率的な送り物とはどのようなものか
考えてみることにします。
たとえば、妻が夫の誕生日プレゼントはパジャマにしようと決めたと
します。
夫も実際に新しいパジャマを必要としています。
それに気づいた妻にパジャマの選択を任せるのは賢明です。
そして、妻が夫のことを本当によくわかっていれば、夫が自分で選んだ
であろう色とデザインのものを選ぶでしょう。
この二つの条件がそろった時、妻からの誕生日プレゼントは、夫が
自分で好きなパジャマを選んだ場合と同じ満足度を実現します。
夫の買い物を妻が代行したのです。
クリスマスプレゼント~彼女・女性・彼氏ランキング2015!にも理論的に述べています。
経済理論と常識で考えれば、他人のために何かを買うより自分のため
に買う方が、よろ多くの満足を生み出すといえそうです。
これまで見てきたように、贈り物を買うことは基本的に価値を破壊
します。
つまり、起こりそうにない特別な条件がそろわない限り、現金に勝る
誕生日プレゼントはないのです。
なんとわびしい話をするかもしれませんが、実際にそうなのです。
現金をもらった時と同じ満足を再現することが最善の贈り物だとしたら
人に何かを贈るという投資は、ラスベガスでギャンブルする時と
同じくらいのリターンしかもたらしません。

贈り物の感情的な価値とは?誕生日プレゼントにも当てはまるか。

政府の財政計画からプレゼントの本来のあり方を学んでいきます。
雇用を創出するための公共工事はどこが問題なのでしょうか。
まずいえるのは、工事を実行するために使う予算を市民にとって
もっと価値のあることのために使えるかもしれないということです。
いま、新しい橋よりも新しい学校が必要だとしましょう。
どちらも費用は5000万ドルですが、学校がもたらす恩恵は7500万ドル
に対して、橋の恩恵は2500万ドルです。
よって、橋の建設は社会に5000万ドルの損失をもたらします。
これは、機会費用といって橋を選択したことによってもたらされる
本当のコストです。
しかし、贈り物には感情的な価値があり、それを含めると贈り物を
もらった人にとっての価値の総額は価格を超えるのではないか、
という反論もあるでしょう。
自分の気に入らないセーターをもらって、7000円の価格に対して
3500円分の満足しか感じない人でも、プレゼントをもらったこと
自体がうれしいという感情的な価値も含めると、セーターの価値は
7000円を大きく超えて、たとえば10000円になるかもしれないです。
つまり、誕生日プレゼントは価値を破壊するというより、実際は
価値を創出しているということができます。
しかし、このように贈り物を擁護することには無理があります。
「欲しいもの」をもらった場合との比較で考えていないからです。
こうしてみると、感情的な価値を考えても、欲しくない誕生日プレゼント
が価値を破壊していることは明らかです。
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